大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和27年(う)2889号 判決

控訴人 被告人 岩村吉松こと許吉松

弁護人 八田三郎 外一名

検察官 松村禎彦関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審並に当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人八田三郎、同上田誠吉作成名義の別紙各控訴趣意書と題する書面記載のとおりであるから、いずれもこれを本判決書末尾に添附しその摘録に代え、これに対し次の通り判断する。

弁護人八田三郎の控訴趣意書第一点について。

原判決がその認定した被告人は朝鮮に国籍を有する外国人であるが、昭和二十四年八月下旬頃連合国最高司令官の承認をうけないで朝鮮元山より隠岐島を経て鳥取県境港に上陸し以て不法に本邦に入国したものであるとの事実に対し、外国人登録令第三条第七二条第一項、外国人登録法附則第三項(原判決に附則第三号とあるは、附則第三項の誤記と認める)を適用していること、右外国人登録法附則第三項は「この法律施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお、従前の例による」と規定していることいずれも所論の通りである。しかし右外国人登録法附則第三項は同法附則第二項の「外国人登録令(昭和二十二年勅令第二百七号)は廃止する」との規定を受けて設けられているもので同法附則第四項乃至第九項も外国人登録令廃止後の経過規定であると認められることと、右外国人登録法施行の日すなわち外国人登録令廃止の日である日本国との平和条約の最初の効力発生の日に同じく施行されたポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律第一条は出入国管理令(昭和二十六年政令第三百十九号)の一部を改正し同法第二条は同令の一部改正に伴う経過規定を規定し同法第四条は同令を法律としての効力を有するものと規定しているが、同法中に外国人登録令を廃止する規定及びその経過規定は設けていないことを考えると、外国人登録法附則第三項のこの法律施行前にした行為とは、単に所論のように外国人登録法中に規定した行為でありしかも外国人登録令中にも規定してある行為に限らず、外国人登録令の規定したすべての行為を含む趣旨と解するを相当とするのであつて、朝鮮人たる被告人の密入国行為についても外国人登録法附則第三項に依り外国人登録令所定の罰則が適用されることとなるのである。日本国との平和条約の最初の効力発生の日以後においては、外国人の密入国禁止規定がすべて出入国管理令に依ることとなつたことは所論の通りであるが、外国人登録令を廃止するに当り同令中の密入国禁止規定の廃止に伴う経過規定を出入国管理令の附則か外国人登録法の附則かのいずれに設けるかは立法技術の問題であつて必ずしも出入国管理令の附則中に設けなければならないものではないし、所論の出入国管理令附則第三項(前記同令を改正する法律による改正前の附則第十九項)は外国人登録令第十一条に規定するもの、すなわち台湾人にして外務大臣の定めるもの及び朝鮮人以外の者でこの政令による同令の改正前に同令第十二条の罪を犯したものの処罰については、なお、従前の例によると規定しているのであるから、右附則第三項は被告人のような朝鮮人の密入国禁止規定である外国人登録令第三条の廃止後の経過規定でないことは疑のないところである。しこうして原判決が被告人の前記密入国の所為に対し外国人登録令第十二条第一項を適用し、しかも被告人を懲役一年に処していることからみると、原判決の適用している外国人登録令第十二条第一項は所論のように昭和二十四年十二月三日政令第三百八十一号により改正されたそれを適用しているものと認められるのであるが、原判決の認定した被告人の密入国の日は昭和二十四年八月下旬であつて、被告人の密入国の犯行はいわゆる即時犯であつて継続犯でないのであるからこれに適用されるべき罰条は、行為当時法によることとなるので昭和二十四年十二月三日政令第三百八十一号による改正前の外国人登録令中に存する同令第十二条第一号がこれに該当するものといわねばならない。しからば、原判決が被告人の密入国の犯行に対し外国人登録法附則第三項外国人登録令第三条を適用していることは相当であるが前記政令第三百八十一号による改正後の外国人登録令中の罰則を適用していることは、法令の適用を誤つたものであり、原判決の法令適用の誤りを主張する論旨は理由がある。仍てその余の控訴趣意書の論旨に対する判断をするまでもなく、被告人の本件控訴ぼ理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七をに依り原判決を破棄することとし、なお記録並に原審において取り調べた証拠に依り、当裁判所において直ちに被告事件について判決することができるものと認めるので同法第四百条但書に従い判決することとする。

当裁判所の認定した事実並にこれに対する証拠は、原判決摘示の事実並に挙示の証拠の通りである。

法律の適用

外国人登録法附則第三項、外国人登録令(昭和二十四年政令第三百八十一号による改正前のもの)第三条、第十二条第一号、刑事訴訟法第百八十一条第一項

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人八田三郎の控訴趣意

第一点原審判決は、次の理由によつて、法の適用に誤があり、その誤が判決に影響を及ぼすものである。

一、原審判決は、その法令の適用について、「被告人の行為は、外国人登録令第三条、第十二条第一項、外国人登録法附則第三号に該当する……」と述べているところ、右外国人登録法附則第三号は、「この法律施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。」と規定されているものである。「この法律施行前にした行為」とは、外国人登録法中に規定されている行為を指称することは明瞭である。若し然らずとすれば人の全行為を指称すると解するの外なく、意味をなさないからである。

原審判決の示す被告人の犯罪事実は、「昭和二十四年八月下旬頃連合国最高司令官の承認をうけないで、朝鮮元山より隠岐島を経て鳥取県境港に上陸し、以て不法に入国した」ことである。然るに、この不法入国禁止規定は、外国人登録令第三条には制定されていたが、外国人登録法にはその規定は全然なく、外国人入国に関する規定は、外国人登録令廃止後は挙げて昭和二十六年政令第三百十九号出入国管理令に譲つてしまつたものである。故に「外国人登録法附則第三号」を根拠としてなした原審判決は、明かに法令の適用を誤り法令の根拠なくして判決したものというべく、到底破棄を免がれ得ないものである。

二、仮りに原審判決適用罰条「外国人登録法附則第三号」は、前記「出入国管理令附則第三号」の誤記であると解しても、なお次の如き誤がある。

イ、原審判決は、昭和二十二年勅令第二百七号外国人登録令第十二条を適用すべきであるのに、誤つて同二十四年政令第三百八十一号による同改正令の第十二条第一項を適用している。

右改正令を適用していることは、原審判決が右改正令施行後たる昭和二十七年六月二十七日になされていること、旧第十二条罰則の長期は懲役六ケ月であるのに何等の加重理由を示さずして懲役一年を科していること及び第十二条と示さず第十二条第一項と示している点等から見て明かである。

ロ、被告人の犯行は、所謂即時犯であつて、原審判決の示すところに従えば、昭和二十四年八月下旬頃直ちに完了したものである。即ち右改正令施行(昭和二十五年一月十六日)以前の行為である。

然らば、犯罪後に法令の改正があつても、刑法第六条の原則に従つて「其軽きものを適用」すべきであり、旧登録令第十二条罰則より重い改正登録令第十二条第一項罰則(長期懲役三年)を適用することは法の適用を誤つたものと云わなければならない。出入国管理令附則第三号に云う「なお、従前の例による。」を解して刑法第六条を排除して、改正登録令のみによるとすることは、文理上も精神上も到底肯んじ得ないところである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例